動物の搾取をしないヴィーガニズムの観点や環境問題への意識が高まってき近年、動物製レザーに変わる素材として「ヴィーガンレザー」が注目を集めています。廃棄リンゴの皮をアップサイクルして生まれたアップルレザーや、パイナップルの葉の繊維からつくられた「ピニャテックス(Piñatex®)」など、植物由来のヴィーガンレザーが次々と登場しています。
そんな中、今ファッション業界で最も熱い視線を集めているといっても過言ではないのが、きのこ由来のバイオレザー「マイロ™️(Mylo™️)」です。昨年には、グッチ(GUCCI)やサンローラン(SAINT LAURENT)を擁するグループ企業やステラ マッカートニー(STELLA McCARTNEY)などが、マイロ™️の生産体制の強化に数百万ドルを投資することを発表。世界の名だたるブランドが支持するヴィーガンレザー「マイロ™️」について、今回はご紹介します。
マイロとは?
マイロ™️とは、シリコンバレーのバイオテックベンチャー企業「ボルト・スレッズ社(BOLT THREADS)」が開発したきのこ由来のヴィーガンレザーです。きのこからつくられていると言っても、私たちが普段口にしている傘や柄の部分が原料ではありません。無限に再生可能なきのこ類の地下根系「菌糸体マイセリウム」を成長させると「マイロ™️」になります。
マイロ™️はISO規格*¹でバイオベース素材の認証を受けており、石油原料の化学繊維を必要としません。そのため環境負荷を極限まで抑えた革新的な素材として、ファッション業界の注目を集めているのです。
*¹国際的な取引をスムーズにするために、製品やサービスに関して世界的で同じ品質、同じレベルのものを提供できるようにするという国際的な基準。
マイロの開発背景
マイロ™️を開発したボルト・スレッズ社は、2009年に創業。2012年には、合成タンパク質を原料とした米国版「人口クモの糸」を開発し、2017年に「マイクロシルク(MYLOSILK)」として商品化しました。人口クモの糸は鋼鉄よりも強く髪の毛よりも細いという優れた特性があります。
人口クモの糸を開発した知見を活かし、2018年にはバイオベース認証のヴィーガンレザー「マイロ™️」を開発。「単なるリアルレザーの代替え品ではなく、レザー好きも納得するものを生み出したい」という想いから、質感や触り心地まで動物性レザーに見劣りしない品質のヴィーガンレザーを誕生させました。
また、ボルト・スレッズ社はマイロ™️の開発にあたり、次のようにコメントしています。「ライフサイクルのあらゆる側面を考慮し、製造プロセス全体を通じて環境への影響を減らすことが目標です」。その発言通り、マイロ™️は素材の原料となる菌の培養から仕上げのなめし工程に至るまで、徹底した環境問題への配慮が伺えます。気になる生産プロセスについて、詳しくご紹介します。
マイロの製造プロセス
マイロ™️がつくられるのは、自然界により近い温度や湿度にコントロールした室内です。まず、きのこの細胞である「菌糸体マイセリウム」とおがくずを、有機物(トウモロコシの茎)の上で培養することから始まります。
数日間で生分解が進んだマイセリウムは、細胞同士が強く結びつき、袋いっぱいに詰め込んだマシュマロを潰したような立体マット状へと成長します。それを圧縮すると薄い生地が形成されます。その後、タンニングや色染めといったなめしを行い、ヴィーガンレザー「マイロ™️」が完成するのです。
また、マイロ™️はなめしの工程においても環境や健康に多大な被害を与える有害化学物質を使用していません。通常のなめし工程では、環境汚染や健康被害の原因となるクロムなどの有害化学物質を使用しますが、ボルト・スレッズ社は国際的な持続可能性認証を取得したなめし工場企業とのみ連携を行っています。
マイロの特徴
マイロ™️は、リアルレザーに見劣りしない上質なビジュアルと、しなやかで柔軟性のある手触りが特徴です。摩擦などの衝撃にも強く、優れた耐久性を持ち合わせています。
また、動物製のレザーの生産には長い年月がかかりますが、マイロ™️はたったの14日間で生産が可能。環境負荷を最小限に抑えるようにデザインされた生産プロセスにより、省資源かつ短期間で製造できるのです。
マイロと環境問題
菌糸体マイセリウムが生分解を行うための食料となる有機物を与えることで製造が可能な「マイロ™️」。動物から搾取して製造されるリアルレザーの生産と比較すると、畜産業による温室効果ガスの排出や、水や土地などの天然資源の利用を大幅に削減することができます。
また、合成皮革や人口皮革などの「シンセティックレザー」には、ポリウレタンやPVCなどの石油ベースの化学繊維を使用しますが、マイロ™️は菌糸体マイセリウムからできた天然繊維で生成されているため、化学繊維の使用は必要ありません。石油原料を用いてつくられるポリウレタンやPVCなどの化学繊維は製造時に炭素を排出するばかりでなく、廃棄後の埋め立て地で分解されるまで数百年の月日がかかると言われています。そのため、「本当に本革より環境に配慮された代替え品なのか?」と、物議を醸してきました。
しかし、マイロ™️はバイオ素材ベースのヴィーガンレザーのため、廃棄後の環境負荷を最小限に抑えられます。さらに、マイロ™️の生産に用いられるおがくずやトウモロコシの茎などの材料はコンポストされ、堆肥として次の製造に再利用されます。このことから、マイロ™️の製造では廃棄物を大幅に削減することが可能です。
動物の犠牲がなく石油資源の利用も不要、そして廃棄物の排出も最小限に抑えたマイロ™️は、現状存在するどのヴィーガンレザーと比べても、よりサステナブルな素材と言えるでしょう。
マイロの商品開発
日本ではまだあまり馴染みのない存在のマイロ™️ですが、海外では既に名だたるトップメゾンが製品化を目指し動き始めています。
2018年にマイロ™️を開発後、ボルト・スレッズ社は動物性のレザーを一切使用しないことで知られる「ステラ マッカートニー」とパートナーシップを結びました。その後、ステラ マッカートニーが同ブランドのアイコンバッグである「ファラベラ(Falabella)」にマイロ™️を用いたプロトタイプを発表。イギリス・ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館の展覧会に展示され、話題となりました。
2020年10月には、ステラ マッカートニーやアディダス(ADIDAS)、グッチ(GUCCI)やサンローランの親会社ケリング(KERING)、ヨガウェアのルルレモン(LULULEMON)の4社が、マイロ™️の開発元であるボルト・スレッズ社と戦略的パートナーシップを締結。ファッション業界初となる横断的な取り組みとして、マイロ™️の生産体制強化のために数百万ドルを投資しました。
そして2021年に入り、マイロ™️の製品化について期待が高まるニュースが飛び込んできました。ステラ マッカトニーが、リサイクルナイロンの上にマイロ™️を重ねてつくられた、「ヴィスチェトップ」と「ワイドパンツ」を発表。まだ一般販売には至っていませんが、「今後のコレクションにもマイロ™️を取り入れていく予定だ」と、同ブランドはコメントしています。
またアディダスも、2022春夏コレクションにてマイロ™️を使用したスニーカーの発売予定を発表。シンプルでクラシックなデザインが魅力の「スタンススミス」にマイロを採用しました。
日本でも身近なブランドからマイロ™️を使用した製品が発売されるというニュースに、ファッション業界だけではなく、ヴィーガンや環境問題に意識が高い消費者から注目を集めています。今後、どのようなマイロ™️製品が出てくるのか楽しみですね。
まとめ
最先端のバイオテクノロジーが生み出したサステナブルなヴィーガンレザー「マイロ™️」。動物性レザーに見劣りしない品質に加え、最小限の資源で短期間で生産可能な点を考えると、今後益々ファッション業界で重宝される存在となりそうです。